十勝あちこち
例年より暑い日が続く7月、十勝の辺縁の(あまり人が来なさそうな)林を、時計回りに巡ってきました。
陸別町・宮の森風景林
市街地のすぐ裏。事前にあまり情報が得られなかったのですが、陸別神社の西100mほどの広場に看板があり歩道が続いていました。入口はトドマツ人工林。
緩やかに登っていくと、明るい広葉樹林になりました。平均直径は30cmほど。シナノキ、オオバボダイジュ、ミズナラ、イタヤカエデなどが目立ちます。
オオバボダイジュ、ヤマモミジ、ハウチワカエデ。
道北ではあまり見られない樹種が目を惹きます。
サワシバ、イヌエンジュ。
中腹を過ぎると、大径木があらわれました。ミズナラ。
カツラ、ハリギリ。
林床は膝丈程度のササ。標高360mほどの山頂まで、歩道はよく整備されていました。誰にも会いませんでしたが、街のすぐ近くに気持ちのよい散策路があるのは贅沢に感じます。
陸別町斗満
こちらは市街地から20分ほど離れた、農地に隣接する天然生針広混交林。標高は少し上がって400mほどの箇所。大きな切株もみられましたが、直径50cmを超える大径木が点在していました。
ハリギリ、イタヤカエデ。
ハルニレ、ウダイカンバ。
カツラ。株立ちした個体が目立ちました。この日、多く見たカツラの中でも印象的な1本。
針葉樹はエゾマツとトドマツ。針葉樹の混交比があまり高くないのは、この地域の特徴と感じます。
足寄町螺湾
ラワンブキで有名な螺湾地区へ。今回のもっとも主要な目的地です。林道からカラマツ造林地と伐採跡地を抜けて尾根にとりつきます。 途中から尾根が広くなり、直径50cm程度の大径広葉樹が点在する林相となりました。
標高300mほどの山頂へ。 ここに来た目当ては、ヤエガワカンバ(Betula dahurica)。この林分では直径70cmほどの大径木が見られます。ヤエガワカンバは ロシアから中国東北部、朝鮮半島に広く分布していますが、日本では、北海道の東部と本州中部のみに隔離してみられ、氷河期の異存種と考えられる希少な落葉高木です。
樹皮が何といっても 特徴的です。ヤエガワは「八重皮」で、樹皮が幾重にも剥がれることに由来しています。別名「コオノオレ」は材が硬い(斧折れ)ことを表しています。
2006年9月、ロシア・アムール州での写真。 ときに林分の優占種となっており、モンゴリナラ、コウアンシラカンバ、ヤマナラシ、グイマツ、ヨーロッパアカマツなどとの混交林を多く見ることができました。写真右側の個体は地表火で幹が焼けています。後方に写っているシラカンバがほとんど枯死しているのに対して、ヤエガワカンバは 葉が出て生き残っている様子がわかります。「八重皮」は火への適応と考えられます。
(日本に戻ります)とくにヤエガワカンバが多かった箇所。多数の広葉樹が混交する中で、ヤエガワカンバの比率は20%未満、という程度に見えました。北海道での分布が、比較的雪が少なく乾季が長い十勝・北見・日高に限られることは、山火事との関係で注目できます。
林内で小径木・稚樹を見ることはできませんでした。大径木に偏るサイズ構成は、かつて山火事で一斉に更新した可能性を想起させます。近づいて見ることができないため、望遠レンズで何とか葉を視認。
一方、山火事跡地ならもっと多くてもよさそうなシラカンバは比較的まれでした。また、ウダイカンバは、ヤエガワカンバの分布域ではほとんどみかけませんでした。
こちらも道北には分布していないカバノキ科、アサダ。亜高木層の優占種でした。
イタヤカエデ、ミズナラ。直径80cmクラスの木が散在していました。ヤエガワカンバが見られる日本の他の箇所の多くでは、ミズナラとの混交が一般的であるようです。
左からミズナラ、イタヤカエデ、ヤエガワカンバ。見事です。
ハリギリ、ヤチダモ。
ホオノキ、キハダ。
山頂の西側は管理が異なるようで、ミズナラの萌芽二次林。伐採跡からの株立ちが顕著な林は、それほど珍しくはないものの北海道でははじめてみた気がします。
カラマツ人工林の作業道にあった実生。おそらくヤエガワカンバ。シカの対策は必要になるでしょうが、かき起こしで更新できそうな気がしました。
2時間ほどの散策。大いに満足しました。 周囲の人工林とその伐採地。カラマツ林の一部では、トドマツを樹下植栽?した模様。
足寄町鳥取
足寄川の上流部、支流沿いのヤチダモの天然林。直径50cmを超える個体。
本別町・本別公園
キャンプ客が大勢いたものの、本別川の右岸に沿った散策路はいたって静かで、ここでも誰にも会いませんでした。
ヤチダモと、直径2m近い、ランドマークになっているカツラ。
急傾斜を登って標高200mほどの尾根上へ。気温34度が応えます。純林に近いミズナラの二次林。下層はヤマウルシや、ハナヒリノキ、ナツハゼ。
以前ここにヤエガワカンバを見にきたことがあったのですが、今回は見かけませんでした。
本別川の上流部、ケヤマハンノキ。山腹の林床はシカの食害で裸地のようになっていました。道東ではよくある光景と言えます。
浦幌町留真
留真(るしん)温泉の裏山。道有林が管轄する静かな「散策の森」。シカ柵に設けられた扉から入林。大径木が点在する広葉樹二次林。
入口近くのカツラ。幹回り830cm、樹高24mとの看板がありました。林内は涼しく快適です。
トドマツ。針葉樹は目立たず、見かけたのはカツラの近くの1本くらいでした。
オオバボダイジュ、ハリギリ。上層木の平均直径は40cmくらい。
亜高木層はサワシバ、イタヤカエデ、ハウチワカエデ、ヤマモミジ。
アズキナシ、ハクウンボク。
標高250mほどの尾根上に出るとミズナラ。大径木が点在するほか、直径10cmほどの小径木も多く育っていました。道北では小径木が少ないので目を惹きます。
ダケカンバ。これまでの箇所と標高はそれほど変わりませんが、今日は初めて目にしました。
更別村・更別湿原
西に移動し、今日の最後は、更別の道の駅のすぐ近く、道道沿いに不意にあらわれる更別湿原。低木、ヤチカンバの自生地です。この地で1959年に新種として発表され、天然記念物に指定されています。看板には「分布は…更別湿原しか知られていない」とありますが、現在は、別海町の西別湿原(昨年訪れました)も知られています。
湿原内には立ち入り禁止。遠目にはそれらしい、こんもりとした低木がいくつか見えますが、手の届く個体がありません。全体に、ヤマナラシが多く更新して伸びており、西別湿原よりも全体の樹高が高いように感じました。
幸い、道道沿いは有刺鉄線に沿ってきれいに刈り払われており、そこにようやく1本を発見。ヤチカンバは、ヒメカンバ類の1種で、ヤエガワカンバと同様、氷河期の遺存種とみられています。「ヒメ」は樹高および葉の小ささから来ているのでしょう。可憐です。
湿原の場所としてはこちらのほうがわかりやすいものの、木を間近に見るのであれば(道端まで枝が進出している)西別湿原のほうが容易と感じました。
今回は(も?)誰にも出会わない森散策でした。日の長い季節、ここからゆっくり約300kmの帰路へ。