利尻島 山麓を歩く
春先の、出かけたくなる季節。思い立って利尻を訪れました。いくつか見たいポイントを以前からリストアップしていたのですが、その情報が急に集まってきて、機が熟したのを逃さずに計画。
利尻を訪れるのは、はじめて。道北に長く住んでいて、何回か計画をたてたものの、天候がわるかったりすると、また次の機会に…と、近いがゆえに見送りが続いてきていた次第。
この日は、強行日程ですが、日帰り。名寄を早朝3:30に出発し、稚内6:45発のフェリー。仮眠して目覚めたら、もう島が目の前でした。よい天気になりそうで心弾みます。
オタトマリ沼
鴛泊港に8時半に到着。帰りのフェリーまで正味8時間の滞在です。接続するバスに乗って、東側の海岸線を所用30分ほど、オタトマリ沼へ。
高台の側から沼の全景。火口跡なのだそうです。
早い時間のせいか、誰もいません。絵葉書のような景色。
今日はバスで移動するので一日の計画は細かめに決めてきました。ここでは十分時間があるので、沼を一周することに。 歩道は沼の畔に沿っていて、その陸側には針葉樹林が広がっていました。
トドマツ。
アカエゾマツ。湿地性の林分で、直径は最大30cm、樹高は10mほど。湿地の中にはミズゴケが発達する箇所もあるようですが、歩道からは窺えませんでした。
アカエゾマツの球果、稚樹。
山の姿が、少しづつ角度を変えながら、ずっと眺められました。
針葉樹林と沼の間の明るい箇所に広葉樹。オニグルミ。
シラカンバ、ダケカンバ。
ケヤマハンノキ。
エゾノバッコヤナギ。
ドロノキ。
ヒメシャクナゲ。明るめの林床が密に覆われている箇所も。
ハイイヌツゲ、エゾユズリハ。
ノリウツギ、エゾニワトコ。
半周したあたりからは混交林となり、広葉樹が目立つようになりました。
対岸にはさきほどの針葉樹林。
エゾヤマザクラ。残った花がわずかに。
ナナカマド。
イタヤカエデ。
キハダ。
ミズキ。
ハリギリ、タラノキ。
エゾスグリ。
ツリバナ。
ヤマブドウ、ツタウルシ。
ゆっくり一周。時間が止まったような印象の1時間。
鬼脇
次のバスまでまだまだ時間があります。島東側の最も大きい集落、鬼脇まで歩いて向かいます。
距離は3km弱。しばらくは国道。道路脇の林に目立ったのはイタヤカエデとドロノキ。
旧道に入って、小さな集落。心休まります。
鬼脇に入り、由緒ある北見神社。
街の裏手にあるお寺。鬼脇に来たのは、ここに見たい木があったため。
大澤寺境内に植栽されたスギ。野田正光著「北限に生きる望郷樹」(北海道新聞社 1980)に紹介されています。明治20(1887)年ころ、寺の開創とともに植えられたと推定されるとのこと。島に、役場や郵便局、駐在所、学校などがようやく整備された時代だそうです。建物の近くにあって根元には近づけず、遠くから姿をうかがいました。
開拓以来、130年余育ってきたスギを、山と一緒に写せたことに自己満足。
せっかくなので、近くの利尻島郷土資料館へ。いろいろ学べました。はじめて知った土地の伝説:中川研究林にあるペンケ山とパンケ山は昔は連なった大きな山であったのが、大津波で中央が切れ、海に押し出されたのが利尻山になった、のだそう。
11時。バスが来る時間ですが、いつまでも景色を眺めていたい気分。
野塚
バスで20分ほど鴛泊方面に戻り、島の北東に位置する野塚で下車。
ここで降りたのは、北限のスギ人工林を訪れるため。これまで札幌以北のスギ林を何箇所か巡ってきましたが、それらを調べる過程で利尻にもスギ林が存在することを知りました。事前に得た情報で、ここから2kmほどの箇所にあると目星をつけて、サイクリングロードを歩いていきます。
この方角からは、山のかたちが丸くなりました。
このあとスギ林さがし。最初に(自信をもって)予想してきた箇所は、トドマツ林でした。。。地図を確認しながら周辺をしばらく行ったり来たり。
さがすこと30分、少しわかりにくかったのですが、たどりつきました!
ここの植林の経緯は、利尻郡森林組合による「利尻島におけるスギ造林資料」という手書きの冊子(1970年代)に詳しく記されています。
それによれば、先ほど見た鬼脇・大澤寺境内のスギが良好な成長をしていることを参考に、人工林として成林するのではないか、との予測から造林が試みられたのだそうです。植栽年は1967年(56年生)。約1ヘクタールの未立木ササ地を刈払い機で地拵えし、道南の渡島種苗組合から5日間かけて取り寄せた苗木を、3,600本/ヘクタール植栽したそうです。下刈りは、5年以上。
植栽直後には、野鼠害(エゾヤチネズミ )が多発したとのこと。また、立地が海に近いこともあり、寒風害の被害も大きく、植栽後3年間の活着率は51%にとどまったそうです。これらの結果は、新たな造林樹種としての期待には応えられなかったことを示しています。
一方で、初期の樹高成長は、比較対照のトドマツの1.5倍ほどだったことも記録されています。
そして、帰った後に入手した資料によれば、46年生(10年前)時点での平均胸高直径は26.4cm、上層高は19.8m、材積は413立方mに達しているとのこと。
植栽後まもなく記されたと思われる「スギ造林資料」の結び近くには、「スギ人工林が成林するか否か(中略)その結論を引き出すのは時期尚早であり…」との文言がありました。当初の振るわない成績にも関わらず、野鼠害に対して駆除を繰り返し、寒風害や雪害への保護をおこなったことが、現在のすがたにつながったのでしょう。その成林への熱意と努力は、決してこのスギ林だけにとどまるものではないでしょうが、広く伝える価値のあるすばらしい事例だと感じました。
* 資料は、利尻富士町教育委員会、利尻富士町役場のご厚意で提供いただきました。厚くお礼申し上げます。
調査が繰り返されていました。新しいナンバーテープも。
成木の野ねずみ被害。
厚く堆積するスギの落ち葉。球果がついていました。わずかですが、稚樹も見つけました。
林床にはトドマツが多く生育していました。やがてはスギートドマツの二段林になるかも。
時を忘れて、滞在。スギがますます好きになりました。
サイクリングロードに戻ってみれば、ここは利尻島、と思い出させる風景。
この付近、今日歩いた中では、もっとも 展葉が進んでいました。ホオノキ。
シウリザクラ、ナナカマド。
オヒョウ、ミズナラ。
ケヤマハンノキ、ダケカンバ、エゾノバッコヤナギ。
キハダ、ハリギリ。
トドマツ人工林。林齢がわからないので比較できないものの、スギ林の成績は決してわるくはないかも、と思わせました。
ドロノキが優占する二次林。 林床にチシマザサが密に生える箇所も。
姫沼~旧登山道
13時。姫沼に到着。ここも火口跡なのだそうですが、周囲の森林が分厚くすばらしい眺め。山の前景に、今日もう一つぜひ見たかった針葉樹の天然林が広がっています。
南側はやや広葉樹の多い林相。
当初は、沼を一周歩く予定だったのですが、、、スギ林さがしで時間を費やしてしまいました。考えた末、一周は見送って南に登る登山道を先に進むます(また来なければ)。
ここからの登りは亜高山帯の針葉樹林内。 利尻では山腹の斜面に、標高500m程度まで分布しています。このことは、天塩山地に(蛇紋岩土壌のアカエゾマツ林はあるものの) 明瞭な亜高山帯針葉樹林が 広がっていないのと対照的です。このことの原因として、積雪量の違いが考えられています。利尻の積雪は100cmほどと少なめ。より多雪な天塩山地の環境では(林床で菌害の頻度が高まることを通して)針葉樹の定着が制限されるという仮説なのですが、どうでしょうか。
トドマツ。
広葉樹の混交が多めの箇所も。
立ち枯れ、風倒木、根返りが目立ちました。2015年10月の強風の影響が大きい模様。
一方で、倒木更新がふんだんに見られました。全般に針葉樹の更新は旺盛。
今日の最高標高点(380m)から見えた海。
コースを通して、結局だれにも出会うことがありませんでした。
この付近の広葉樹はまだ展葉前。ダケカンバ、キハダ。
ツリバナ。コースを通してよく見られとくに印象に残りました。秋は地味にみどころかも(見に来たい!)。
ツルシキミ。
ハイイヌツゲ、ツルツゲ。
道はやがて疎林の中へ。丈が高くて遠くが見えないものの、周辺は広大なササ地になっているようでした。
ポン山への分岐。下り方面、先を急ぎます。
今日一番山に近づいた景色。森林限界(標高500m程度)までの標高差はあと150m。山頂までは遠そうだ、と実感。
利尻山登山のメインルートとの合流点。車道が近い野営場方面には向かわず、ここから旧登山道へ。
このあたり、大径木がならぶ、すばらしい森林が見られました。
しばらく見上げていました。時間がないのがとても残念。
足元。オオバナノエンレイソウ、ツバメオモト。
マイヅルソウ、ツクバネソウ。
エゾエンゴサク、ヒメイチゲ。
次第に傾斜が緩やかとなり、林相が二次林に変わって間もなく、標高80mの登山口に到着。姫沼から3時間かかりました。
最後、舗装道路はかなりの急ぎ足。フェリーターミナルに着いたのはギリギリ出航15分前。詰め込み過ぎた計画でしたが、長い一日、よく歩いたことに充足感。
次は秋か、もう一度春か、、、また来ようかと。