テネシー/ノースカロライナ Great Smoky

2024年10月11日

北アメリカ大陸東部を約2,400kmにわたって縦断しているアパラチア山脈。その一部であるBlue Ridge 山脈の南端(北緯35度; 東京や大阪に近い)に位置し、アメリカ大陸東部では最大級となる温帯林が広がっているGreat Smoky 。その名の由来は、この地の先住民チェロキー(Cherokee) インディアンが、山を覆う霞、霧、雲をshaconage(煙のような青)と描写したことによっています。

総面積は2万1千平方km。1940年にアメリカで最初に設けられた国立公園として知られています。

テネシー州Knoxbille で開かれたOak Symposium終了の翌日、大学院生の仲谷朗くん、原谷日菜さんとともに1.5日のエクスカーションです。

街からから空港まで移動し、そこからレンタカー。慣れない左ハンドル車を走らせ、約1.5時間。国立公園の北側の入り口、Sugarlandsビジターセンターに到着。平日(金曜日)ですがたいへん混雑していて、なんとか駐車。

ショップが充実。地図や図鑑を入手して、出発しました。

ここから国立公園を南北に貫く国道441号線を登っていきます。昨日、通行止めの情報があって懸念していたのですが、通行できるようで安堵。秋晴れの空。期待が高まります。

Clingmans Dome 

まず一気に標高の高いエリアを訪れました。公園内でも代表的な観光スポット、Clingmans Dome。頂上直下、標高は1,926mです。ここも駐車場が混雑。

大勢の観光客が行きかう、舗装された歩道を行きます。開けた針葉樹林の中。

優占種Fraser fir (モミ属; Abies fraseri)。Smokyを中心とするアパラチア南部にだけ分布しています。より北に分布するバルサムモミの変種とされることも。ホワイトハウスのクリスマスツリーにはこの木が使われるのだそうです。

Red spruce(トウヒ属; Picea rubens)。こちらは大陸北東(ニューイングランド)に分布の中心があり、アパラチアに沿ってこのあたりまで見られるとのこと。

Eastern hemlock(ツガ属; Tsuga canadensis)。

こちらは、山を登ってくる途中の展望台からの眺め。多数の枯死木はヘムロック。日本から(←なんと)の移入種 Hemlock woolly adelgid(ツガカサアブラムシ)による虫害。日本では大量枯死を引き起こすことはありませんが、ここでは外来種、、、防除も行われているものの、深刻な大量枯死を及ぼしているのだそう。。

現地では直接情報に触れられなかったのですが、モミも同様の虫害(こちらはヨーロッパからの移入)の大規模な影響があるとのこと。

常緑針葉樹が優占する亜高山帯林の分布は標高1,400m以上。日本でもよく見かけるのとそっくりな、小径木が密生する林内。

Yello birch(カバノキ属; Betula alleghaniensis)。北方のイメージがありますが、Smokyでは広く分布。

American mountain ash(ナナカマド属; Sorbus americana)。実が鮮やか。

Pin cherry(サクラ属; Prunus pensylvanica)。

Rosebay rhododendron(ツツジ属; Rhododendron maximum)。

ゆっくり歩いて30分ほど。

なだらかな頂上には高さ10mほどの展望台。抜けるような青空。

標高2,025m。アパラチア山脈の中ではもっとも高い箇所のひとつ(最高標高は2,037m)。大陸を感じる眺め。針葉樹林が延々と広がっていました。

この山頂を、全長3,500km!という歩道、アパラチアン・トレールが通っています。いつか、ゆっくりと少しでも歩いてみたい!

駐車場まで戻って下界を眺めると、混交林が広がっていました。次の目的地です!

国立公園内の在来樹木種は温帯性のものを中心に約100種。約5千万年前の第三期、これら温帯の種は北極圏に広く生育していました(第三期周北極植物群)が、その後の更新世の氷河期になると南下し、アパラチアの南端に位置するこの森 は温帯の動植物の避難所となった地誌があるそうです(そのため、北アメリカ、ヨーロッパ、北東アジアで似た樹種組成の森が見られるわけです)。

Noland divide trail

くるまでほんの2kmほどだけ東に移動。トレールを少し歩いてみることに。さきほどのClingmans Dome とは対照的にこちらはとても静か。

入口から見事な針広混交林が広がっていました。標高は1,800mほどで亜高山帯域ですが、南向き斜面(ここは南西)では広葉樹の比率が増えるようです。

針葉樹はさきほどのメンバー。Fraser fir。

Red spruce。

Eastern Hemlock。

倒木。

林冠ギャップでは針葉樹の更新が豊富。

稚樹も。トウヒが多かったのが印象的。

Yellow birch。ここには林冠に達する大径木がありました。透明感のある黄葉。

そしてSugar maple(カエデ属; Acer saccharum)がありました。出会えてテンション上がります(笑)。こちらの色合いもすばらしい。

Alternate-leaf dogwood(ミズキ属; Cornus alternifolia)。

American mountain ash 。

American elderberry(ニワトコ属; Sambcus nigra ssp. canadensis)。実からワインがつくられます。

Allowwood(ガマズミ属; Viburnum dentatum)。

Hobblebush(ガマズミ属; Viburnum alnifolium)。オオカメノキにそっくり。

1時間弱の散策でしたが、何時間でもいられそうな心地よい森でした。


Newfound gap

国道441号線に戻って、大きな駐車帯にくるまを停めました。国立公園内に'gap'と付く地名が多くみられたのですが、この語には「峠道」という意味があるようです。ノースカロライナとテネシーの州境で、この山脈の中でもっとも標高が低い峠。

標高は約1,500m。この展望台からも広大な混交林の眺め。

Sourwood(ツツジ科スノキ亜科; Oxydendrum arboreum)。葉が酸っぱいので「サワー」だそう。 紅葉がみごと。

Flowering dogwood(ミズキ属; Cornus florida)。

開けた箇所の植生が見られました。Devil's walking stick(タラノキ属; Aralia spinosa)。

Forest grape(ブドウ属; Vitis riparia)。

Winged sumac(ウルシ属; Rhus copallinum)。


Chelloky

国道をノースカロライナ側へ下り、Chellokyの街に立ち寄りました。

ネイティブアメリカン(インディアン)の部族のひとつ、チェロキー族。その語源は「山に住む者」との説があるそうです。彼らはこの山域の谷間の土地に居住していました。耕作地をつくるとともに、山の一部は放牧などのために明るい環境に維持されたようです。水力を用いた小規模な製材施設をつくって、周囲の木を住居や家具として利用していました。

「森を切り刻んだりせず、いっしょに生きること。森はいつだって食べ物を与えてくれる」(リトル・トリー)

16世紀ころからヨーロッパの白人の入植がはじまり、その文明を受け入れながら長らえてましたが、18世紀のゴールドラッシュの時代には争いがはげしくなり、多くのチェロキーが遠いオクラホマ州へ強制移住させられた歴史をもっています。この街には、そのとき残ったチェロキー族の子孫が暮らしているのだそうです(人口は1万人ほど)。

チェロキー・インディアン博物館に立ち寄りました。彼らの山での暮らしにとても興味があったのですが、展示は、どちらかと言えば現代に生きるチェロキーの視点が中心でした。

宿泊先はChellokyから直線距離で20kmほどの箇所(Maggie Valley)でしたが、道が通行止めで1時間の大回り。コテージに宿泊。

翌朝。あと半日強、滞在できます。朝9時、ふたたび国立公園、昨日超えてきた国道441号線を戻ります。南側の入口、Oconalufteeビジターセンター。地名はチェロキーの言葉で「川沿い」だそう。

ビジターセンターには林業に関する展示がありました。

豊かな森林をもつSmokyは、18ー19世紀、白人の入植者が増えるとともに林業開発の対象となりました。当初、木材は流送されていましたが、19世紀になると鉄道が開通し大規模な輸送が可能になりました。林業・製材の機械も進歩し、企業は争って土地を購入し皆伐が進められたのです。何十という工場が建設され、製材をはじめとして、電柱材の生産、また紙や、皮なめし用のタンニン(ヘムロックの樹皮からとれたそう)生産も盛んに行われたそうです。

こちらは公園内にあった看板。大径木の写真は、少々信じられないくらい。

20世紀初頭、現在の公園内の面積の80%は皆伐されていたとのこと。

ただ、伐採が進んでいく中、この時期には保護の動きも活発になり、地元住民、行政が、民間からの寄付も得ながら協力して国立公園の制定に至ったとのこと。このことは、自然保護の歴史を語るうえでも重要なできごとでした。この森が残ったことに、感謝です。

ヘラジカがいました。

Pitch pine(マツ属; Pinus rigida)。近くでは出会えず。

Southern Red Oak(コナラ属; Quercus falcata)、Black oak(同; Quercus velutina)。

展望台からの眺め。混交林が本当にすばらしい!


Cove hardwood trail

国立公園の中には多くのトレールが整備されています。時間が限られた中、前日入手した地図やガイドを見ながらいろいろ考えた結果、テネシー州側に戻った道沿いにある、Cove hardwood trailと名付けられた箇所を歩くことに決めました。

上述の伐採の結果、Smokyの森林の大半は二次林(second-growth)であり、伐採をまぬがれた老齢林(old-growth)は面積の5%に満たないとのこと。この場所は20世紀初頭に小規模な伐採の影響を受けながらも、老齢林の特徴を多く残した森のようです。

coveは「谷間」の意味。ビジターセンターで入手した案内書によると、'cove hardwood'は(固有名ではなく)smokyを代表する森林タイプのひとつに挙げられています。そこの記述を借りると、このタイプの森は「smokyにおける多様性の頂点」。標高1,400m以下のこのような立地は、とりわけ過去の氷期において寒冷な気象の影響を受けにくく、また土壌が肥沃であることから、多様な樹種の同所的な生育が保たれているようです。

期待しながら、1.2kmのトレールを歩きます。

樹高が高い! 軽く40mはありそうでした。しかも通直! 

とくに大径木が見られたYellow poplar(ユリノキ属; Liriodendron tulipifera)。英名は「ポプラ」ですが、モクレン科の樹木で、日本でも街路樹(ユリノキ)としてよく見かけます。モクレン科特有の大きな花の様子から「チューリップツリー」の名も。人の大きさ(真ん中の写真)から木の大きさが伝わるでしょうか。

そして日本でよく見かける樹種がもうひとつ。。Black locust(ハリエンジュ属; Robinia pseudoacacia)、ニセアカシアです。北海道を代表する外来樹木種のひとつですが、ここでは自生種。。大径木もあり、何だか感慨深くなりました。

ユリノキとニセアカシアはともに陽光地を好む樹種。1900年代初頭、森の入口にあたるこの場所はトウモロコシやジャガイモの畑として利用されていたようです(ただ、その後の大規模な商業伐採はまぬがれた)。これらは、そのような明るい環境で定着したと考えられています。

Sugar maple 。この森でも優占種でした。

往時の伐採の際に残されたと思われる、直径60cm、樹高30m以上の大径木も多く、見ごたえがありました。樹齢は150年以上と見積もられています。

こちらはRed maple(カエデ属; Acer rubrum)。

昨日から、もうおなじみのYellow birchも優占種。

Yellow buckeye(トチノキ属; Aesculus flava)。黄葉に移り変わる葉の色あいが日本のトチノキと同じ。

Pignut hickory(ペカン属; Carya glabra)。ヒッコリーは日本にはいない仲間(アジアには数種。日本では第三期には生育していたのだそう)ですが、ここでは代表的な存在。クルミ科で、属名Caryaはギリシャ語で「ナッツ」に相当するのだそうです。

ヒッコリーも大径木がありました。文献や本ではよく見かけていたので、出会えて感慨深いです。

種同定にはあまり自信が持てないのですが、、こちらはおそらくShagbark hickory(ペカン属; Carya ovata)。数種のヒッコリーが分布しているようです。

若木もありました。時期が早く、実(ピーカンナッツ)が見られなかったのは残念。

Northrn red oak(コナラ属; Quercus rubra)。この森林タイプではあまり目立ちませんでした。オークの分布の中心は、もう少し低標高の乾性サイトになるようです。

American beech(ブナ属; Fagus grandifolia)。こちらも見かけたのはわずか。

American hornbeam(シデ属; Carpinus caroliniana)。

American basswood(シナノキ属; Tilia americana)。萌芽性が強いことも日本のシナノキと同様。

Mountain silverbell(エゴノキ科; Halesia monticola)。日本にはない属の樹種。かなり大径まで育つようです。

Alternate-leaf dogwood。これは昨日も出会いました。

針葉樹、ここで生育していたのはhemlock。場所によっては群生。樹齢400年に達する個体もあるとのこと。

倒木。

Winterberry holly(モチノキ属; Ilex verticillata)。より南部にしか分布しないものの同属のYaupon hollyは、先住民が葉や茎を煎じてハーブティーとしていた、という話を聞いたことがありました。

Rosebay rhododendron。このシャクナゲ、花の時期はきっとこのトレールの主役。

早春、エンレイソウなどの春植物が多い時期もとてもよさそうです。

この森の高木種は30種ほどだそう。半分くらいは出会えたことになるでしょうか。

Fragrant sumac(ウルシ属; Rhus aromatica)が森に色を添えていました。

距離的には短いトレールで、とくに展望台などがあるわけではないのですが、家族連れを含めて大勢の訪問者が森の空気をたのしんでいました。

もう少しだけ時間があったので、5分ほどくるまを移動させて、川沿いの歩道、Quiet walkwayへ。

川に近くなったためか樹種組成が変わりました。Cucumbertree(モクレン属; Magnolia acuminata)。

そしてAmerican sycamore (スズカケノキ属; Platunus occidentalis) 。さきほどのYellow poplarと同様、日本では街路樹の木(プラタナス)。

これらも、人為起源の明るい箇所ですばやく真っすぐに育ったという印象。

もうすっかり見慣れた、Sugar maple。

わずかな距離で、川まで下ることができました。

そこに育っていたRiver birch(カバノキ属; Betula nigra)。日本では見かけない、川沿いに分布するカバ。生態が興味深いです。

American elm(ニレ属; Ulmus americana)。

そして川の対岸はナラ林になっていました。

Northern red oakの森。川の近くにあったのは少し意外。ずっと奥まで続いているように見え、川をわたって行きたくなりましたが、、もう時間でした。

ただ、最後にナラ林が見られたのがとても嬉しかった、、、1日半、たのしみました!

多くの樹種に出会えた一方、今回見逃したものも多数(White ashやBlack walnut)。ナラが多い乾性の森も見たかった。。。また来なければ、と決意して、帰途につきました。